いしずえ 高円寺教会報

                         晴佐久昌英神父 著      

第469号

  「お 茶 の 間」 2004年2月号

 かって、どこのうちにも「お茶の間」があった。で家族はそろって食事をし、みんなで並んでテレビを見、お父さんが新聞を広げるとお母さんはお茶をいれた。

 ぼくが子どものころ、貧しいわが家にもちゃんとお茶の間はあったし、実際にそこを「お茶の間」と呼んでいた。夕食の準備にちゃぶ台を出すのは子どもたちの心踊るお手伝いであり、お茶わんを並べているところへ「ただいま」と父親が帰ってきた。そうして全員そろったら、家庭祭壇に手を合わせ、晩のお祈りをした。

 四畳半の小さな部屋ではあったけど、今にして思えばそこは世界の中心だったのだと思う。世界の中心にいることほど安心なことはなく、そこに家族がそろうことはどうれしいことはなかった。たぶんお茶の間とは、単なる部屋ではなく、家族を家族にするために欠かせぬ装置だったのではないか。お茶の間とは何かをするところというよりは、みんながただそこにいるところなのである。家族が家族になるために。

 昨今の住宅事情でお茶の間がリビングルームやダイニングルームになったと考えるのは誤りである。今それらの部屋は単に食事をし、テレビを見る空間であり、家族が真に出会うところではない。第一、その食事とテレビだって個室に持ち込まれつつあるではないか。もはや「お茶の間」は絶滅したのである。そして、お茶の間がないなら、家族なんてどこにもないのだ。

 この度、司祭館に「お茶の間」を開設した。何か特別なことを始めたわけではない。教会家族として当然のことをしたまでだ。教会は家族だし、家族が一層家族になるためにお茶の間は欠かせないのである。さすがに我が家は大家族なので壁を二つ抜く工事が必要だったが、流し台を設置しちゃぶ台も置いて、ちゃんとお茶の間にした。早速大晦日にはみんなで紅白を見たし、お正月には居合わせた五十人の兄弟でおせちを囲んだ。先日の中高生のお泊まり会で、夜更けにみんなで騒いでいるときなんか、イエス様が「ただいま」と帰ってきそうだった。

 天に同じ親を持つ教会家族の二員として、ぜひこのお茶の間でお茶を飲んでいただきたい。

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